その家は資産か、負債か。
未来へ投資する家づくり。
建築士として、これまで数多くのご家族の家づくりに携わってきました。その中で、ほとんどの方が直面する大きな課題が「初期コスト」です。人生最大の買い物ですから、少しでも費用を抑えたいというお気持ちは痛いほど分かります。
しかし、プロとして私は、目の前の見積書に書かれた数字だけでなく、その家がこれから紡いでいく50年、あるいは100年という時間を見据えて設計します。A社のプランは、B社より800万円安い。その数字だけを見れば、誰しもがA社に心を動かされるでしょう。
もし、あなたが今まさにその岐路に立っているのなら、少しだけ私の話にお付き合いください。なぜ私が「初期コスト」をかけてでも「性能」を重視するのか。その理由を知ることは、あなたの家族の未来を、より豊かで持続可能なものに変える、確かな一歩となるはずです。
1|見えない生涯コストの真実
私が設計のご提案をする際、必ずお見せするのが「ライフサイクルコスト(LCC)」のシミュレーションです。これは、単なる概算ではありません。過去数十年にわたる地域の気候データ、将来予測されるエネルギー価格の高騰や物価上昇率といった、複雑に絡み合う変動要素までAIを用いて緻密にシミュレーションし、50年という長い時間軸でご家族の負担を可視化した、いわば「家の未来会計」とも呼べるものです。
一般的な仕様の住宅 vs 私が提案する高性能住宅
50年後の生涯コスト比較
A邸 (一般的な仕様の住宅)
① 初期費用:2,200万円
② 運用費用(50年):約 3,855万円
③ 修繕・建替(50年):約 6,720万円
【生涯支出 合計】 約 1億2,775万円
B邸 (高性能住宅)
① 初期費用:3,000万円
② 運用費用(50年):約 394万円
③ 修繕・建替(50年):約 1,680万円
【生涯支出 合計】 約 5,074万円
初期費用はB邸が800万円高いですが、50年間のトータルコストでは、B邸の方が約7,701万円も負担が少ないという結果が出ています。
この衝撃的な差はなぜ生まれるのか。それは、断熱・気密といった基本性能、建材の耐久性、そしてメンテナンスのしやすさといった、設計段階でしか作り込めない「本質的な価値」の違いに他なりません。性能が低い家は、壁の中で結露が進み、構造体を静かに蝕んでいきます。結果、30年、40年という単位で大規模な修繕、あるいは建て替えという莫大なコストが家族にのしかかるのです。
「安い家」を選ぶことは、節約ではありません。それは、将来発生するはずのコストを、次の世代へと先送りしているに過ぎないのです。
2|家の性能は家族の健康資本
「家の性能で医療費が変わる」と聞くと、大げさに聞こえるかもしれません。しかし、建築における「温熱環境の設計」は、住まう人の健康に直接的な影響を及ぼします。
WHO(世界保健機関)は、健康リスクを避けるため、冬の室内温度を「18℃以上」に保つよう強く勧告しています。断熱・気密性能の低い家では、この基準をクリアすることは極めて困難です。窓は結露で濡れ、カビやダニの温床となり、アレルギーや喘息の原因となります。また、リビングは暖かくても廊下やトイレが極端に寒い、といった家の中の温度差は、ヒートショックという命に関わる事故を引き起こすリスクを高めます。
私は、ただの箱を設計しているのではありません。ご家族が365日、健やかに安心して暮らせる「空気と温熱の環境」をデザインしているのです。子どもたちが冬でも裸足で駆け回れる家。それが、私の設計の原点です。
3|800万円は未来への投資
このシミュレーションが示す通り、B邸にかけたプラス800万円は、単なる「出費」ではありません。それは、高騰し続けるエネルギー価格や、あらゆる健康リスクから50年間、家族を守り続けるための「盾」であり、「快適」と「安心」を手に入れるための、最も合理的な初期投資なのです。
A邸で将来支払うことになる余分な光熱費や医療費は、月平均にすると約4.3万円。住宅ローンに換算すれば、およそ1,500万円分に相当します。つまり、最初に高性能住宅を選ぶことは、この「見えない将来のローン」を組まずに済む、ということなのです。さらに、高性能住宅には各種補助金や税制優遇も用意されており、これらを活用すれば実質的な負担をさらに軽減することも可能です。
4|私が届けたい幸福な時間
建築士として私が本当に届けたいのは、美しいデザインや斬新な間取りだけではありません。日々の暮らしの中で、ご家族が心から「この家は本当に快適だね」と実感できる、お金には換算できない価値です。
夏の夜、エアコン一台で家中が涼やかに保たれ、寝苦しさとは無縁の毎日。冬の朝、暖房のタイマーを気にすることなく、心地よい暖かさの中で目覚める暮らし。光熱費の心配から解放され、浮いたお金と時間で、家族旅行の計画を立てる。
私が目指すのは、建物という「モノ」をつくることではありません。設計の力で、そのような「家族の幸福な時間」を創造することなのです。
5|家族へ残すのは資産か負債
日本の住宅の平均寿命は、欧米に比べて著しく短いと言われています。建てては壊す「スクラップ&ビルド」の文化が、いまだに根強く残っているからです。
50年後、その家はお子さんやお孫さんの世代へと引き継がれます。その時、あなたは何を残したいですか?修繕に莫大な費用がかかり、住む人の健康を脅かす「負債」でしょうか。
それとも、50年後もその価値を失わず、快適な暮らしと健やかな思い出と共に受け継がれる「最高の資産」でしょうか。あなたの手元にある見積書は、単なる数字の羅列ではありません。それは、これから始まる家族の物語の質を決定づける、設計図の第一章です。
家づくりという大きな決断の前に、ぜひ一度、ご家族の50年後の未来を想像してみてください。その選択が、未来の家族にとって最高の贈り物となることを、一人の建築士として心から願っています。
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