素材の真価を知る人の家。
自然素材と、豊かな時間を
慌ただしく過ぎていく日常の中で、ふとした瞬間に心がほどけることはありませんか。例えば、夕暮れ時のリビングで、素足に触れる無垢の床のさらりとした質感。あるいは、雨上がりの午後に、どこからともなく漂う木の微かな香り。
住まいは、ただ雨風をしのぐための「箱」ではないと私は考えています。共に時間を過ごし、家族の歩みを記憶し、人生を静かに支えてくれる「伴走者」のような存在であってほしい。
今回は、私が設計の現場で向き合っている木、土、石といった「自然素材」たちが、日々の暮らしにどのような「余白」と「豊かさ」をもたらしてくれるのか。その魅力と向き合い方について、一歩踏み込んでお話ししてみたいと思います。
1|五感で味わう、自然の恵み
自然素材の最大の魅力は、工業製品にはない「不均一なゆらぎ」と、周囲の環境に静かに反応し続ける「生命力」にあります。
【木】湿度を整え、心を凪がせる
無垢の床に触れたときに感じる、あの独特の温もり。それは、木が細胞の中に空気を抱え込んでいるからです。木は「天然の調湿材」とも言われ、室内の湿度が高いときは水分を吸い、乾燥すると吐き出すことで、周囲の空気を穏やかに整えてくれます。さらに、木に含まれる香り成分には自律神経を整える効果もあり、まるで森の中にいるような深いリラックスをもたらしてくれます。
【土】光を柔らかく受け止める壁
漆喰や珪藻土といった土壁は、職人がコテ一本で仕上げていきます。そのわずかな手仕事の跡は、照明や太陽の光を複雑に乱反射させ、空間に豊かな陰影を描き出します。ビニール壁紙の均一な光とは対照的な、柔らかく包み込まれるような感覚。その静かな佇まいは、住む人の心まで穏やかに落ち着かせてくれるはずです。
【石】静寂と上質さを添える強さ
石やタイルは、空間に「重み」と「清涼感」を与えます。熱伝導率が高いため、夏場はひんやりと心地よく、冬場は床暖房の熱をじっくり蓄えて足元を優しく温めてくれます。時を経ても色褪せることのないその姿は、住まいに揺るぎない安心感と、品格を添えてくれます。
2|肌ざわりで選ぶ、適材適所
素材を選ぶことは、その場所での「過ごし方」をデザインすることでもあります。私が設計時に大切にしているのは、視覚的な美しさだけでなく、身体が感じる「触感」の使い分けです。
「針葉樹」の優しさ:杉・パインなど
これらの木は空気を多く含んでいるため、非常に柔らかく、冬場でも足が冷やっとしません。その分、傷はつきやすいですが、私はそれさえも「家族の歩みの跡」として馴染んでいくものだと捉えています。寝室や、小さなお子様が裸足で駆け回る場所に最適です。
「広葉樹」の頼もしさ:オークなど
密度が高く、硬くて丈夫。重厚な木目が美しく、家具を引き立てる力を持っています。傷がつきにくいため、リビングやダイニング、キッチンなど、頻繁に歩き、椅子を引きずることの多い場所の足元を力強く支えてくれます。
「傷がつかないこと」を最優先にするのではなく、「ついた傷さえも味わいとして愛せる素材」を選ぶこと。それが、長く住まいを愛し続ける秘訣だと私は考えています。
3|「深み」が増す、経年変化
多くの工業製品は、完成した瞬間が最も美しく、そこからは「劣化」が始まります。しかし、自然素材の真骨頂は、時を重ねるほどに「味わい」が増していく「経年美化」にあります。
日差しを浴びて、白木から深い飴色へと色付いていく柱。家族の足跡で磨かれ、角が取れて丸みを帯びていくカウンター。これらは決して劣化ではなく、その家が歩んできた時間の「証」です。
もちろん、自然素材は手間がかからないわけではありません。たまにオイルを塗ったり、汚れを拭き取ったりといった手入れが必要です。しかし、その手間をかける時間こそが、住まいへの愛着を育み、日々を丁寧に生きるという実感を与えてくれるのではないでしょうか。
4|素材が響き合う、美しい調和
異なる素材が手を取り合うことで、空間には心地よいリズムと「居場所」が生まれます。
「木 × 鉄(アイアン)」の調和
柔らかな木の質感に、細いアイアンの緊張感を加える。この「硬軟」のコントラストが、空間を現代的で引き締まった印象に見せてくれます。
「塗り壁 × 和紙の光」の余韻
職人が仕上げた壁の凹凸に、和紙を通した柔らかな光を当てる。夜、静かな時間に眺めるその微細な影の重なりは、私にとっても、何より贅沢な風景に感じられます。
「石 × 緑(植物)」の息吹
無機質な石の質感のそばに、瑞々しい植物を置く。互いの生命力が引き立ち、リビングに心地よい外の気配を呼び込んでくれます。
5|五感が喜ぶ、本物の心地よさ
私が設計の仕事を通じて強く感じるのは、人の感覚は、私たちが思う以上に繊細で正直だということです。
無垢の床に寝転んだ時の解放感。雨の日に、土壁が湿気を吸ってくれる時の空気の軽やかさ。
私たち人間も自然の一部である以上、本物の素材に囲まれると、本能が「安心」を感じるのはごく自然なことです。それは単なる贅沢ではなく、デジタルな情報に囲まれた現代において、自分自身の五感を取り戻し、健やかに過ごすための選択と言えるかもしれません。
流行に左右されることなく、自分の五感が「心地よい」と教えてくれるものを選び、ゆっくりと育てていく。
そんな住まいとの付き合い方が、巡り巡って、あなたの毎日をより穏やかで満たされたものにしてくれるはずです。
あなたの毎日が、ほんの少しの自然の恵みで、より彩り豊かなものになりますように。
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