『建もの探訪』と私の家づくり。
同郷の先輩に学ぶ家づくり。
建築士である私の朝は、図面とコーヒーで始まることが多いのですが、もう一つ、長年続けている大切な習慣があります。それは、毎週放送される『渡辺篤史の建もの探訪』を視聴することです。
実は、番組をナビゲートする渡辺篤史さんは、私と同じ茨城県のご出身。だからというわけではありませんが、その温かい眼差しと、住まい手への深い共感には、同郷の先輩として勝手に親近感を覚え、学ぶことが本当に多いのです。それは私にとって単なる息抜きではなく、設計者としての感性を磨き、新たなインスピレーションを得るための貴重な「探訪」の時間。
今回は、そんなテレビ画面越しの建築対話について、少しお話ししてみたいと思います。
1│言葉に学ぶ「寄り添う心」
番組の魅力は美しい建築はもちろんですが、私は渡辺篤史さんの「言葉」に毎週ハッとさせられます。「お邪魔します」という丁寧な一言から始まり、「いいですねぇ」「これは心地いい」といった、住まう人への敬意と共感に満ちた言葉の数々。彼は専門的な批評をするのではなく、その家で営まれるであろう「暮らし」そのものに感動し、その喜びを住まい手と分かち合います。
建築士である私の仕事も、まさにここから始まります。お客様の夢や憧れ、時には言葉にならない想いを丁寧に汲み取り、共感し、空間という形に翻訳していく。技術やデザインの前に、まず「人」に寄り添うこと。その原点を、毎週渡辺さんの姿から再確認しています。
2│間取りが紡ぐ家族の物語
番組に登場する家は、どれも独創的な間取りが印象的です。大きな吹き抜けやスキップフロア、光と風を招き入れる中庭。なぜ、その家族は、その間取りを選んだのでしょうか。そこには必ず、その家族だけの「物語」があります。
例えば、「子どもたちが走り回れる家にしたい」「夫婦で料理をしながら会話を楽しみたい」といった想い。間取りとは、家族のコミュニケーションの形であり、ライフスタイルの設計図なのです。番組を見るたび、私はその間取りが紡ぎ出す物語を想像し、自らの設計においても、お客様との対話の中から唯一無二の物語を読み解き、最高の形にすることの重要性を噛み締めます。
3│五感で感じる心地よさの源泉
画面越しであっても、朝の光がリビングに差し込む様子や、心地よい風が吹き抜ける情景は不思議と伝わってきます。無垢材の床の温もり、漆喰の壁の質感。CGパースだけでは決して表現しきれない、五感に訴えかける「心地よさ」の正体は、こうした自然の恵みと、選び抜かれた素材との調和にあります。
『建もの探訪』は、その土地の光や風をどう設計に取り入れ、どんな素材がその家の空気感を作っているかを学ぶ、最高の教科書です。敷地のポテンシャルを最大限に引き出し、住まうほどに愛着が湧く素材を選ぶ。データや数値だけでは測れない「心地よさ」の追求が、真に豊かな空間づくりには欠かせません。
4│「あったらいいな」を形に
私が特に注目するのは、番組で紹介される細やかな「工夫」の数々です。壁の厚みを活かしたニッチ(飾り棚)、階段下の書斎など、その家に住む人のための、愛情のこもったアイデアにはいつも感心させられます。
家づくりは壮大なデザインも大切ですが、こうした日々の暮らしを豊かにする小さな工夫の積み重ねが、住まいの満足度を大きく左右します。「ここにちょっとした棚があったら」「この動線がもっとスムーズだったら」。そんなお客様の「あったらいいな」を見逃さず、期待を超えるアイデアで応えること。ディテールへのこだわりこそ、建築士の腕の見せ所だと考えています。
5│私の夢「探訪される家」
毎週の『建もの探訪』は、私にとって多様な暮らしの「正解」に触れる旅であり、設計の引き出しを無限に増やしてくれるトレーニングでもあります。そして同時に、自分自身の目指す建築の姿を問い直す時間でもあります。
私が目指すのは、ただデザインが美しいだけの「作品」ではありません。そこに住まうご家族の物語が息づき、笑い声が響き、時と共に味わいを増していくような、愛される「住まい」です。
いつの日か、私が手掛けた家が「建もの探訪」で紹介され、住まい手の方が同郷の先輩である渡辺篤史さんに「この家が大好きなんです」と笑顔で語ってくれること。それが、建築士としての私の、ささやかな夢でもあります。
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