30年先を見据えた「引き算」の設計|杉板縦張り押縁仕上げを標準仕様とした理由【茨城・千葉 注文住宅】
ガルバリウムも塗り壁も提案するのをやめた。30年先を見据えた「引き算」の設計思想。
建築のプロとして数多くの家づくりに携わり、これまでに本当にさまざまな外壁材を扱ってきました。外壁というものは、建物の第一印象を決定づける「家の顔」であると同時に、日本の容赦ない風雨や強い紫外線から家族の暮らしを守る「シェルター」でもあります。
そして何より、引き渡しを終えてから何十年もの間、住まい手にメンテナンスの負担を強いるか、それとも育てる喜びを与えるかを左右する、家づくりにおいて最も重要な選択肢の一つです。
現代の住宅市場を見渡してみると、スタイリッシュで都会的な印象を与える「ガルバリウム鋼板」や、職人の手仕事による豊かな風合いが美しい「塗り壁(左官仕上げ)」が、相変わらず根強い人気を誇っています。私自身、それらの素材が持つ独特の美しさや機能的なメリットは痛いほど理解していますし、過去には何度も自らの設計で採用し、お客様と一緒にその完成を喜んできました。
しかし、数多くの現場を経験し、引き渡しから10年、20年と経過した家をプロの目で一歩引いて見つめ直したとき、そして近年の劇的な建築環境の変化を目の当たりにしたとき、私の設計思想の中にひとつの決定的な変化が訪れました。
それは、これからの時代に私が手がける住まいの完全な仕様(標準仕様)として、他の一切の選択肢を捨てて「杉板外壁・縦張り押縁(おしぶち)仕上げ」を選ぶ、という結論でした。
なぜ、世間のトレンドや華やかな建材をあえて手放し、日本で古くから使われてきたクラシックな杉板一択に絞り込んだのか。単なる懐古主義ではない、プロとしての経験と現代の建築業界が直面するリアルな課題から導き出したその理由を、5つの章でじっくりとお話しさせていただきます。
「縦張り押縁仕上げ」という、理にかなった構造美
私が「杉板縦張り押縁仕上げ」を自分の設計の標準仕様とした最大の理由は、奇をてらったデザインではなく、その圧倒的な「構造的合理性」に惚れ込んだからです。この工法は、杉の板を縦に規則正しく並べて張り、その板と板の継ぎ目を「押縁」と呼ばれる細い角木で上から打ち付けて留めるという、日本の伝統的な木造建築で古くから愛されてきた技法です。
この工法が建築技術として極めて優れているのは、雨仕舞い、つまり雨水を建物内部に侵入させずに受け流すという、設計の基本セオリーに完全に合致している点にあります。水は重力に従って上から下へと流れます。縦張りにされた杉板は、雨水の通り道を素直に下方へと導くため、水切れが極めて良く、木材を最も腐らせにくい理にかなった張り方なのです。横張りのように、板の重なり部分に水が溜まるリスクが構造的にほとんどありません。
そして、この高い機能性から自然と生まれる意匠性こそが、何よりも素晴らしいと感じています。等間隔に配置された押縁は、太陽の光を受けて壁面に深く、はっきりとした陰影を描き出します。朝の柔らかな光、真昼の強い日差し、そして夕暮れ時の長い影。太陽の高度や天候の変化によって、家の表情が刻一刻と変わっていく様は、工場で大量生産された既製品のサイディングでは決して表現できない、生きている建築としての圧倒的な佇まいを感じさせてくれます。
このように、機能がそのまま美しさとして立ち現れる「用即美」の思想こそが、私がプロとして最も信頼を置き、お客様に提案すべきデザインの根幹であると考えています。
ガルバリウム鋼板をやめた理由。プロが直面する「経年劣化」の現実
モダン住宅の代名詞であり、シャープで洗練された印象を与えるガルバリウム鋼板。金属サイディングとして非常に優秀な建材であり、メンテナンスフリーに近いと謳われることも多いため、検討される方は非常に多いですし、私もかつてはよく採用していました。しかし、私がこの優秀な金属建材をあえて標準仕様から外した理由は、時間の経過に対するプロとしての責任に向き合った結果でした。
ガルバリウム鋼板をはじめとする工業製品の宿命は、完成した瞬間、つまり引き渡しのその日が「美しさのピーク」になってしまうという点にあります。どれだけ優れた耐久性や耐候性を誇るコーティングが施されていても、20年、30年と容赦ない紫外線や酸性雨にさらされ続ければ、いつかはその輝きを失い、表面が粉を吹くチョーキング現象を起こしてしまいます。そうなると、汚れやくすみが目立つ、どこか寂しげな「色褪せた金属」へと変わっていってしまいます。
プロとして私が本当につくりたいのは、建てた時が一番美しく、あとは古びていくだけの家ではありません。目指すべきは、時間が経てば経つほどに街に馴染み、深い味わいが増していくような住まいです。表面の化学塗装が不均一に剥がれていく無機質な劣化ではなく、自然の木材が風雨に洗われてゆっくりと落ち着いた色調に変化していく「経年美化」の美しさこそを、これからの家づくりでは大切にすべきです。
新築時の瞬発的な格好良さやカタログのスペックだけに惑わされることなく、30年後にその家の前を通りかかったときに「本当に良い佇まいの家だ」と心の底から思えるかどうかを、私は設計者として最優先したいと考え、金属外壁という選択肢を手放しました。
塗り壁をやめた理由。魅力は認めつつも、価格高騰と「職人不足」のリアル
漆喰やシラス壁、ジョリパットといった塗り壁(左官仕上げ)が持つ、均一ではない職人の手仕事の風合いや、そこから醸し出される圧倒的な高級感は、今も本当に素晴らしいものだと思っています。意匠的な観点だけで言えば、私は今でも塗り壁が大好きです。しかし、現代の家づくりにおいて、それを誰もが選べる現実的な仕様として維持するには、あまりにも高すぎる現実の壁が立ちはだかるようになりました。
まず大きな要因として挙げられるのが、近年の世界的な情勢に端を発する建物価格の高騰です。住宅全体の建築コストが上昇の一途を辿る中で、私は限られたお客様の予算を預かっています。断熱性能や耐震性能といった、絶対に妥協してはならない目に見えない基本性能を担保しようとすれば、下地処理から養生、そして仕上げまでに膨大な手間と時間がかかる塗り壁は、どうしても初期費用を大きく跳ね上げ、全体の予算を厳しく圧迫する要因になってしまいます。
さらに深刻なのが、左官職人の圧倒的な減少と高齢化という、建築業界全体の構造的な問題です。現代では、美しい塗り壁を高いクオリティで施工できる腕の良い職人を確保すること自体が年々難しくなっており、それが工期の長期化やさらなるコスト上昇を招いています。そしてこれは、新築時だけの問題ではありません。将来的に地震などで微細なひび割れ(クラック)が入ったときや、北面の雨だれをきれいに補修したいと思ったとき、数十年後に「直せる職人が現場近くで見つからない、あるいは直すための費用が目玉が飛び出るほど高い」という重大なリスクを住まい手に背負わせることになってしまいます。
素材としては一流であっても、それを取り巻く社会的な持続可能性が薄れてしまっている。これが、プロとして私が塗り壁から一歩引かざるを得なかった、リアルで切実な判断なのです。
杉板がもたらす「持続可能性」未来の建築と地域を守る選択
ガルバリウム鋼板や塗り壁を手放した一方で、杉板外壁が持っている最大の強みは、その「供給の安定性とローカルな循環」にあります。世界情勢や為替レートの変動に右往左往させられる輸入材や、メーカーの都合で数年ごとにモデルチェンジが行われる工業製品とは異なり、私たちの足元にある国内の山へと目を向けることで、他にはない確固たる安心感を手に入れることができます。
大手の建材メーカーが製造する既製品のサイディングなどは、数十年後に同じ製品や型番が存在している保証はどこにもありません。メーカーが廃盤にしてしまえば、将来的に一部分だけを補修したくても、まったく違う色や形の壁を部分的に張るしかなくなってしまいます。しかし、日本の山で豊かに育っている「杉」という素材は、30年後も50年後も、間違いなくこの国に存在し続けています。これほど心強い建材は他にありません。
地元の山で育った木を伐り出し、地域の製材所で加工し、地元の職人が仕立てる。そして長い年月が経ち、もし傷むようなことがあれば、また身近な地元の木を持ってきて直すことができる。エネルギーを大量に消費して工場で作られ、遠方から輸送されてくる工業製品に頼るよりも、身近にある地域資源である杉をそのまま使うことの方が、建築としての持続可能性(サステナブル)において遥かに合理的で、地球環境への負荷も少なくて済みます。
未来の日本の美しい山の風景を守り、地域経済にお金を循環させるという選択としても、杉板という答えはプロとして非常に誇りを持てる決定でした。
コストとメンテナンスのリアル。「可変性」という究極の設計
一般的に「木の外壁」と聞くと、「腐りやすいのではないか」「数年ごとに塗装をやり直さなければならなくて大変ではないか」というネガティブな質問をよくいただきます。しかし、プロとしての私の経験から言わせてもらえば、実は「縦張り押縁仕上げこそ、最もメンテナンスがイージーで、生涯コストがかからない壁」なのです。
サイディングの目地(シーリング)が劣化したり、塗り壁に大きなクラックが入ったり、ガルバリウムがへこんだりした場合、一般の住まい手がDIYでそれを綺麗に直すことはほぼ不可能です。必ず足場を組み、専門の防水業者や左官業者、板金業者を呼び、高額な人件費を払って直してもらう必要があります。数十年ごとのその出費は、家計にとって大きな負担となります。
しかし、押縁仕上げの杉板であれば、万が一どこかが部分的に腐食したり、車をぶつけて傷つけてしまったりしても、その傷んだ1枚、あるいは押縁1本だけをピンポイントでバールを使って取り外し、新しい杉板に差し替えるだけで修理が完了します。特別な化学物質もメーカーの専用工具も必要ありません。町の大工さんにお願いすれば半日仕事で直してくれますし、少しDIYに慣れた住まい手であれば、自分でホームセンターで木を買ってきて直すことすら可能です。
高度な専門技術や特殊な既製品に依存せず、誰でも簡単に、部分的に直すことができるという圧倒的な「可変性」。職人不足がさらに深刻化し、あらゆる建材の価格が高騰していくこれからの時代において、この「いつでも身近な手段で直せる」という引き算の仕様こそが、結果として住まい手に究極のコストパフォーマンスと、本当の意味での心の安心をもたらしてくれるのです。
「専門業者を呼ばなくても、自分で直せる、長く付き合える」
このシンプルな仕組みを設計にあらかじめ組み込んでおくことこそが、本当の意味でのロングライフ住宅の設計だと考えています。
おわりに
外壁を選ぶという行為は、単に「カタログの中から自分好みの外観を選ぶ」というような、表面的な作業ではありません。それは、「その建築が、その土地の風土の中で、家族と一緒にどのように歳を重ねていくか」という時間を設計することそのものです。
ピカピカの真新しい状態を必死に維持するために、何十年もの間、多額のメンテナンスコストを業者に払い続けなければならない家。それよりも、日本の四季の雨風に洗われ、真夏の太陽にしっかりと焼かれ、だんだんと落ち着いた、美しいシルバーグレーへと表情を変えていく杉板の家。それこそが、日本の過酷な気候風土に最も素直に逆らわず、寄り添うような、美しい建築のあり方ではないかと私は考えています。
短期的なトレンドや、新築時の華やかさに流されるのをやめ、「杉板縦張り押縁仕上げ」という、古くて新しい確固たる仕様に絞り込んだこと。それによって、プロとしての私の設計はよりシンプルに洗練され、住まい手が本当に望むべき、普遍的な本質へと辿り着くことができました。これから何十年と続く愛着の持てる家づくりを目指す方にとって、この記事がひとつの道標になれば幸いです。
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─── よくある質問 ───
Q. 杉板外壁はどのくらいのメンテナンス頻度が必要ですか?
A. 杉板縦張り押縁仕上げは、サイディングのように数十年ごとに足場を組んで全面塗り替えをする必要はありません。傷んだ板を1枚単位で差し替えられるため、大規模なメンテナンスは不要です。
Q. 杉板外壁は腐りやすいのではないですか?
A. 縦張り押縁仕上げは、雨水が縦方向に素直に流れる構造上、水切れが非常に良く、木材が腐りにくい合理的な工法です。通気層を設けた適切な施工を行うことで、20年・30年と十分な耐久性を発揮します。日本の伝統的な木造建築で古くから使われてきた実績がその証明です。
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